3日目の私

私の過去はいたって平凡です。

起きた事件もいくつかあるけど、大したことじゃないです。

 

一番古い記憶は小学校低学年の夏祭り

 

母親がいつもどおり、父親に怒鳴る

 

「あんた、今日夏祭りやってるんたしたまには連れてったり!」

 

私には3つ上の姉がいる。

内心、別にいいけど・・と思ってのを鮮明に覚えています。

 

父親は「行くぞー」と重い腰を上げてくれて

私と姉と連れて近くのスーパーの駐車場でやっていたお祭りに連れて行ってくれました。

 

出店が並んでいる中、姉がいいます。

 

「かき氷食べたい」

 

父親がいいます。

 

「あかん」

 

それを皮切りに姉が発狂しだします。

「なんでやねん!お祭り来てるのに何も買ってくれへんのか!来た意味ないやん!」

 

周りの人たちにも聞こえる大きな声で

 

私は黙ってみていました。

 

父親は

「おもち(私)は妹やけど、そんな事言わへんぞ。お前お姉ちゃんやろ。」

姉は

「ほんならおもち(私)が買ってっていうたら買うんか!なんでいつも私じゃないんや!」

 

内心、やめてくれ。私の名前ださないで。と思ってました(笑)

 

そうすると父親は黙って姉の手を掴み歩き出します。

黙ってついていく私は勘づきました。

 

あー帰るんやな。

 

姉は終始「痛い・痛い」と言っていました。

 

私はやっと父親に話しかけました。

 

「お姉ちゃん痛がってるで」

 

父親は前を向いたまま、そのまま帰宅しました。

 

そのあと起こることは姉も私も想像できました。

 

姉はそのまま2階へ連れていかれます。

 

母親はただならぬ雰囲気に「どうしたんや」といいました。

 

小さかった私は説明がうまくできず

 

「お姉ちゃんが痛いことされる、お母さん2階いって。」

これが当時の私の最大の正義でした。

 

母親は

「・・とりあえずあんたは、お風呂入り。」

 

いわれるままお風呂で湯舟につかっていると

 

真上の二階から声が聞こえます。

 

「ぎゃーー!」

 

子供とは思えないほどの叫び声を聞いたことはありますか?

私はその時初めて聞きました。

 

言葉では言い表せないような声です。

 

私は耳をふさいで湯舟の中の足を見つめていました。

 

涙が出ていたかは覚えていません。

 

父親が顔を避けて、太ももやおなかをけるのです。

 

普段は温厚で物静かな父ですが、母親に詰められたときは機嫌が悪くなります。

 

姉との相性が悪く、よくある光景でした。

 

今ですどDVになると思います。

 

 

 

私がお風呂からあがると、母親と父親が煙草をすって黙っていました。

 

私も何も言わず、2階の寝室にいきました。

 

姉は体育すわりで泣いていました。

 

その時まだ姉も小学生でした。

 

「お姉ちゃんは悪くないよ。」

これも私の精一杯の声かけでした。

 

姉は

「お前がいるからうちが殴られるんや。お前いらんわ、出ていけや。」

 

姉に寄り添えると思っていた私は甘かったと今でも思い出すと心が痛いです。

 

姉は、当時の私には考えもつかないほどの傷を負っていたのです。

 

 

わたしの一番古い記憶は夏祭りですが、

 

姉を助けれなかった、何もできなかった自分も加害者という

 

子供ながらに感じたものでした。

 

だから私はイジメの加害者は一人ではないという事をTVで見たとき、

心底納得したものです。